新規市場開拓

1 市場調査
電機メーカーに勤めていた時のことです。
「他事業部の通信機器を海外販売できないか、検討してもらないか」と事業部長から相談を受けました。
なんでも、日本国内では市場確保ができていて、利益も出ているのだけれども、
海外でも販売できるなら、それに越したことはないということで、
検討するよう依頼があったのです。
必要なら、どんな情報でも出す。期限は2週間でお願いしたいとのことでした。

当時、海外向けの通信機器を販売している担当でしたが、
他事業部の機器についてはまったくの素人でした。
そんな自分に、2週間という限られた時間で、海外市場への進出の検討をしてほしいと依頼してくるのは、
それなりに理由があるだろうと思い、調べることにしました。

2 前提条件
その時に考えたのは、こういうことでした。
①機器を販売する対象となる顧客は、複数拠点を持つ海外の大手企業になる。
②その価値は、拠点間を接続して、電話やデータ通信ができるようにすること。
③その顧客に販売するには、当社の海外現地法人を通して販売することになること。
④一度、販売・納入した後は、保守サービスを提供することになること。
⑤販売したあとは、海外現地法人を通して、収入を得ることになること。
⑥自分たちを支えてくれるのは、海外現地法人になること。
 もちろん、日本側の開発部門の協力も必要です。
⑦顧客に対する提案活動は、現地法人を通して、実際に客先に行って提案することになること。
⑧必要なパートナーは、調査を依頼してきた開発部門になります。
⑨この対応に要する費用構造を解き明かすこと。
これらを報告書にまとめて、出すことにしたのです。

3 海外市場の現実を知ってもらう
報告書の最初に書いたのは、「海外市場とはどういうところなのか」です。
日本国内でビジネスをしている人は、海外の国で販売することは、
日本と同じ規模の市場が、国ごとにあるのではないかと考えがちです。
簡単に言うと、海外でビジネスができると、
日本でのビジネスの何倍にもなるのではないかと思ってしまうのです。
つまり、海外の市場規模がわからないのです。
まず、このあたりのことを知ってもらうために、海外の国の実情を伝えることにしました。

今では、インターネットで何でも検索することができますが、
当時はそういうわけにはいきませんでした。
そこで、書店に行き、使えそうな情報を収集することにしました。
ちょうど、経済週刊誌がアジアの国の特集を載せていたので、
それを参考にして、国名、人口、GDPを表にしました。
これを見ると、海外の国の規模が日本の人口・GDPと比較してどれくらいかわかります。
たとえば、台湾は九州とほぼ同じ大きさなのですが、
人口は2300万人、GDPは61兆円です。
九州の人口は1400万人で、GDPは51兆円です。
ここから九州と台湾はほぼ同じくらいだということがわかります。
しかも、台北の人口は250万人ですから、福岡市に相当するわけです。

シンガポールは淡路島と同じ大きさで、現在の人口は560万人、GDPは36兆円です。
これは、兵庫県の人口とほぼ同じで、神奈川県のGDPが36兆円くらいです。
(ここで挙げた数字は2019年のもの)

このように見ていくと、海外の国というのは、
日本の県レベルに相当することがわかります。
逆に言うと、それだけ日本の人口、GDPが大きいということでもあります。
そういう点をまず紹介しました。

4 実際の海外の現地の声を聞く
海外で販売する場合、販売するリソースも、販売したあとの保守サービスも考えると、
自社の海外現地法人を通して行うことになります。
そこで、海外現地法人に直接問い合わせました。
縁があった仲間たちに、新しい通信機器の導入を検討しているが、
サポートしてもらえるかと打診しました。
聞いた先は、香港、台湾、タイ、フィリピン、マレーシア、
シンガポール、メキシコ、ブラジルにある海外現地法人です。

聞いた結果、みな協力的で、対応してくださるという返事でした。
もちろん、これまでのお付き合いがあったからでもあります。
ちなみに、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアといった市場は、
安全規格の取得に時間がかかるため、当初の販売対象から外しました。

5 海外市場調査を行う
海外現地法人が協力してくれることがわかったので、
次は市場調査レポートを確認しました。
海外の調査機関が4年ごとに発表している調査レポートがあります。
前号からちょうど4年が経っていたので、
本社にある海外営業部門に調査レポートが届いていないか聞いてみました。
すると、ちょうど先日、届いたばかりだと言います。

伺えば見せてくれると言うので、海外の3つの地域の営業部門に電話をして、
見せて頂く約束を取り付けました。
ある部署では、「まだ封を開いていないんですよ」と言って、
目の前で開けてくれました。
5cmほどもある海外の通信事情を地域ごとに調べた英文調査レポートで、大変貴重なものです。
内容は、その通信機器の海外の市場動向、市場規模、
中心となっている機器ベンダーの名前、出荷台数、中心価格帯等です。
そのようにして、海外市場の最新情報を調べて、報告書に加えました。

6 自社機器の中身を知る
依頼元からは、「どんな情報でも提供する」と言われていたので、
機器を製造発注する際に利用する部品構成表というものがあるのですが、それを取り寄せました。
中を見てみると、特別な部品を使っているわけではないことがわかりました。
一番高いのは、外部からの購入品であるキャビネットと制御用に使っているパソコンだとわかりました。
ここから、開発費用は別として、機器そのものの原価はいくらなのかが想定できました。
そこから判断して、どのくらいの値付けで販売できそうかを想定しました。

7 海外販売仕様にする
実際に海外で販売するとなると、表示を英語に変えないといけません。
ある程度のマニュアルも必要なので、翻訳費用もかかります。
それらを最低限行うことを考慮に入れました。
そこでかかる費用を想定しました。

8 最終判断
この場合のターゲット顧客は誰かから始まり、
どんな価値を提供できるか、どういうチャネルで販売するか、
販売後の保守サービスをどうするか。
海外の国の状況から見える市場規模、競合他社状況、
自社製造価格、販売価格設定、販売の準備等をまとめて、提出しました。
新規市場開拓を構想するときの流れでレポートを作成したということです。

日本国内でビジネスをしている人たちにとっては、
知らない情報だらけだったと思います。
しかも、実際に販売を開始するにあたって
コンタクトすることになる海外現地法人には、話もつけてありました。
海外市場レポートの分析結果もつけ、競合他社の出荷量、平均価格まで付けました。
海外の市場を知るには、よい機会だったと思います。

結論としては、海外販売はしませんでした。
このレポートの評価を聞いたのは、提出してから4年も経ってからのことでした。
しかも、その事業部長の友人の方から。

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